大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)2183号 判決 1958年12月18日

控訴人 原審検察官 田村誠章

被告人 尾身正雄

検察官 大津広吉

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

但し三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は第一、二審共全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対して次のとおり判断する。

ところで、所論は要するに原判決は法令の適用を誤り事実を誤認したものであつて、破棄を免れないものである皆主張する。

仍つて所論に基き本件記録及び原判決を仔細に検討勘案すれば、原判決が「被告人は昭和三〇年五月一三日頃肩書自宅において知合の沼尾正治から杉材約二〇石の売却を依頼され、右杉材が盗品である情を知りながら、同月一六日頃、小田切正忠等を介し、長野県下水内郡水内村飯山線横倉駅において、薪炭商上倉信悦に対し右杉材の内約一四石を一石千五百円の割で売却方周旋して、以て賍物の牙保をしたものである」との本件公訴事実につき、その挙示する証拠により「被告人は昭和三〇年五月一二、三日頃、被告人肩書自宅において、沼尾の依頼により、小田切に杉材の買手を見つけて貰いたい旨依頼し、小田切、佐合等がその翌日上倉に沼尾の杉材の話をして、上倉がそれを買うことになり、同月一五、一六日の両日にわたり、上倉、沼尾の両名が現場へ杉材の搬出に行つたが、一六日に杉材約一三石二斗を搬出することができ、国鉄飯山線横倉駅において、被告人立会のもとに検収、引渡を終えた」との事実を認定しながら、賍物牙保罪の構成要件としての被告人の右杉材売却周旋は、本犯である沼尾の窃取行為(現場から杉材を搬出した行為)より前であるから、被告人の該行為は、賍物牙保罪に該当すべき行為と言うことはできない。又本犯である沼尾の窃取行為既遂後である横倉駅における被告人の行つた「物品の検収、引渡の立会」のみでは賍物牙保罪を構成すべき「周旋仲介行為」には当らないとして無罪の言渡をしていること洵に所論のとおりである。

仍つて按ずるに、賍物牙保罪たるや、賍物たるの情を知りながら、賍物の売却周旋をなすに因つて成立するものであつて、その本質として必らずや賍物自体の存在を必要とするものと断ぜざるを得ないのである。従つて苟くも賍物が存在しない場合には将来賍物たるに至るべき可能性がある物であり、且つその情を知つていたとしても、それの売却周旋は賍物牙保罪を成立するに由ないものと謂うべきである。

今本件について観るに、原判決挙示の証拠を綜合すれば、前記原判決認定の事実は優にこれを認めることができ、当審における事実取調べの結果に徴するも右事実の認定に誤りありとは認められないのである。そうだとすれば、原判決が本犯たる沼尾の杉材窃取行為の前に行われたる被告人の右杉材売却の周旋行為につき、賍物牙保罪の成立を認められないとし、又本犯である沼尾の窃取行為後である横倉駅における被告人の行つた「物品の検収、引渡の立会」のみでは賍物牙保罪を構成すべき「周旋仲介行為」には当らないとしたのは正当であつて、右を以つて法令の適用に誤りがあるとか、事実認定の誤りがあるとか謂うことはできないのである。然しながら、苟くも被告人において沼尾が前記杉材を窃取するものであるとの情を知りながら、その杉材の売却周旋を為す行為のある以上、それは畢竟右沼尾の窃取行為を容易ならしめるもの、すなわち窃盗の幇助に外ならないことはたやすく認められるところであり、而も該行為たるや本件の起訴にかかる公訴事実たる訴因に内包されているものであるから、原審としてはすべからく該事実を認定して有罪の言渡をしなければならなかつた筋合である。然るにこれを為すことなく漫然前記の如く説示して無罪の言渡をしたのは法令の解釈を誤り延いて事実誤認の違法があるものであつて、右違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから、結局本件控訴はその理由あるに帰し、原判決は破棄を免れない。

仍つて刑事訴訟法第三九七条第三八二条第四〇〇条但し書に則り原判決を破棄し、当裁判所において更に直ちに判決する。

すなわち当裁判所は、当審における検察官よりの窃盗幇助の訴因罰条の予備的追加を許可して、次の事実を次に掲げる証拠により認定する。

罪となるべき事実

被告人は昭和三〇年五月一三日頃長野県下水内郡栄村北信三五八七番地の自宅において、沼尾正治より、同人が新潟県中魚沼郡津南町大字赤沢地内より搬出する杉材約二〇石の売却方周旋を依頼され、右杉材が他人の所有であり、右沼尾正治がこれを窃取して搬出するものであることの情を知りながら、右売却の周旋を承諾し、その頃小田切正忠、佐合義彦を介し、長野県下水内郡水内村北信の小田切正忠方において薪炭商上倉信悦に交渉して右杉材を一石千五百円の代金で売渡す契約を結び、同月一六日頃右沼尾正治が、前記赤沢地内において内山五作所有の右杉材約一四石相当を窃取する行為を容易ならしめて、これを幇助したものである。

<証拠説明省略>

法律の適用

被告人の所為は刑法第二三五条第六二条第一項第六三条に該当するから、同法第六八条に従い法律上の減軽をした上その所定刑期範囲内において被告人を懲役六月に処し、諸般の情状に鑑み刑法第二五条第一項を適用して三年間右刑の執行を猶予し訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山本謹吾 判事 渡辺好人 判事 石井文治)

検察官の控訴趣意

一、原判決は、被告人は、昭和三十年五月十三日頃肩書自宅において、知合の沼尾正治から杉材約二十石の売却方を依頼され、右杉材が盗品である情を知りながら、同月十六日頃小田切正忠等を介し長野県下水内郡水内村飯山線横倉駅において、薪炭商上倉信悦に対し右杉材の内約十四石を一石千五百円の割で売却方周旋して以て賍物の牙保をしたものである。との公訴事実につき、「昭和三十年五月十二、三日ごろ、被告人の肩書自宅において被告人が沼尾の依頼により、小田切に杉材の買手を見つけて貰いたい旨依頼し、小田切、佐合らがその翌日上倉に沼尾の杉材の話をして、上倉がそれを買うことになり、同月十五、六日両日にわたり、上倉、沼尾の両名が現場へ杉材を搬出に行つたが、十六日に杉材約十三石二斗を搬出することができ、国鉄飯山線横倉駅において、被告人の立会のもとに検収、引渡を終えた」との事実を認定しながら、被告人の「周旋」は本犯の窃取行為の前に行われたものであるから賍物牙保罪に該当しない。又、本犯の窃取行為の後に被告人の行つた「物品の検収、引渡の立会」のみでは賍物牙保罪を構成すべき「周旋」には当らないとして無罪を言渡したものである。右は法令の適用を誤り、事実を誤認したもので、いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないものと思料する。

二、原判決は法令の適用に誤があつてその誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1 原判決は「被告人が沼尾(窃盗本犯)の依頼により(同人が窃取してくる)杉材の買手を見つけて貰いたいと小田切に依頼し、同人等を介して上倉が買うことになり、右沼尾と上倉が搬出し(窃取行為に当る―但し上倉は情を知らない)国鉄飯山線横倉駅において、被告人の立会のもとに検収、引渡を終えた」との事実を証拠によつて認定している。もつとも、前記認定事実のうち( )内の事項は明記されていないが、原判決の事実認定の為に採用した証拠並びに原判決理由の全趣旨を綜合すれば右各事項はいずれも暗黙のうちに、これを認定しているものと謂わなければならない。

2 原判決の前記認定によれば、被告人は窃盗本犯の依頼により第三者を介して本件売買契約を成立せしめ、「その後」賍物の検収、引渡に立会つてこれを完結せしめたのであるから、被告人のこの一連の行為こそ、典型的な周旋、仲介行為と謂うべく、これを目して賍物牙保罪を構成すべき各所為に該当しないと断定した原判決は結局刑法第二五六条第二項所定の「牙保」を不当に解釈し、その適用を誤つたものである。

3 原判決がかかる誤を犯すに至つた主たる事由は(後記事実の誤認も関連する)被告人の前記一連の行為を中断し、本犯たる沼尾の窃取行為の前後に分割し、各個別にこれを評価したことから生じてきている。なるほど、被告人の行為が、もし窃取行為前の仲介周旋のみに終つている場合は、これをもつて賍物牙保罪に当る仲介周旋であると断定するには疑問が存するであろう。又、窃取行為後の物品の検収、立会のみでは、賍物牙保罪の仲介、周旋としては弱いかも知れない。然しながら、本件においては、両者が共に存し、それが関連していることは、原判決の認定している通りである。

4 原判決が右の如く分割評価するに至つた事由は、その間に窃取行為が介在することに因るものであるが、事実として一貫している売買の周旋、その完結行為としての検収、引渡が、その間に窃取行為が介在することによつて法律上分割評価せられなければならぬものであろうか。原判決が判断しているように窃取行為前の周旋は「本犯のなす窃盗罪等になんらかの関係を有するものとしてみるべき」面の存することは否み得ないであろう。然しながら、その故に被告人の本件所為が賍物牙保罪の周旋行為に該当するものと評価認定することを妨げるものではないと思料する。寧ろ木材等の売買の仲介は、主としてその伐採、搬出前に行われ、仲介人等が立会して、検収、引渡を終え完結するのを通例としているのであるから原判決の判断しているように「杉材の話をだした」被告人の周旋行為は、「その検収、引渡の立会」により終結するまで継続したものとして全行為を包括評価することが、事実並に法律判断上妥当、適切なものと謂わなければならない。

三、原判決には事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

1 原判決は被告人の所為として「小田切に杉材の買手を見つけて貰いたい旨依頼した」ことと「国鉄飯山線横倉駅において検収、引渡に立会した」ことのみを認定しているのであるが原審における証人小田切正忠(記録第三五丁以下三九丁まで)同上倉信悦(同第四一丁以下五〇丁まで)同沼尾正治(同第二一九丁以下二三五丁まで)同佐合義彦(同第二五三丁以下二六五丁まで)の各証言、被告人の供述(同第三三二丁以下三四七丁まで)被告人の検察官に対する供述調書(同第三九〇丁以下三九八丁まで)の記載等を綜合すれば、本件杉材の売買につき小田切、佐合等の介在は全く形式的で、実質的には被告人がその衝に当つたものであることが認められる。即ち被告人は売渡証の作成にあたり本犯たる沼尾に対し佐合を買受人にするよう指示した。その売渡証を自ら所持していた。更に搬出の場所を横倉駅と決定した。同駅の引渡に立会して木材の検収をなし、その代金単価の割出しを行つた。売買代金の支払いを上倉に請求し、その一部を受領し、沼尾と精算している等の事実が明らかである。従つて被告人が本犯沼尾の窃取行為前に行つた周旋行為について、これを完結する為一貫した行為に出ており、而も、単に「検収、引渡」のみに立会したものでなく、代金額の決定、その支払い、精算にまで関与しているのであるから所謂周旋行為として欠くるところがないと謂わなければならない。これらの事実を全く看過した原審判決は著しい事実の誤認をなしたものと思料する。

2 原審判決は被告人の本犯窃取前の売買周旋行為を目して前記の如く「本犯のなす窃盗罪等になんらかの関係を有するもの」としているのであるから、進んでこの点につき審理を尽し判断すべきにかかわらず、これを看過し、その事実を明かにしていない。特に検察官の公訴事実は、本犯の窃取行為の前後に亘つているのであるから或はその前段の行為を窃盗幇助罪等と認定判決することも可能であり、これを曖昧の儘放置したことは結局事実を誤認したものと謂わなければならない。

3 原審判決は「賍物の知情の点は別として」判断しているが、前記原審における被告人の供述(記録第三三二丁から三三四丁まで)並びに沼尾の証言等によりその賍物であることは、明かにこれを知つていたものと認定されるし、既に本犯たる右沼尾は本件木材の窃取行為により有罪の判決を受け確定しているのであるから、この点には全く疑問が存しない。従つて本件被告人の公訴事実該当の所為は完全に立証せられているにかかわらず「これを認めるに足りる証拠がない」と判断したのは明白な事実の誤認であると確信する。

以上の理由により原審判決の破棄を求めるため本件控訴を申立てた次第である。

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